デジタルトランスフォーメーション(DX)においては「デジタル技術を知りながらも、ビジネスをイメージする」ということを前述したが、ヘルスケア領域の場合にはデジタル技術の活用という点、そしてビジネスの流れに加え、ヘルスケア領域における特性を踏まえた検討をする必要があるという点で、他の業界と大きく異なっていると考えられる。

ヘルスケア領域における特性

「ヘルスケア」と一言でいうが、健康、未病(病気になる手前)、そして病気という広い領域が含まれ、非常に多くのステークホルダーが含まれる。具体的には提供主体としてみれば病院や薬局、ドラッグストア、介護施設や通所介護事業所などの介護事業者、医薬品・医療機器卸、製薬企業、医療機器メーカー、フィットネスジム、保険者などである。また提供者としてみれば、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、登録販売士、ケアマネジャー、ヘルパー、MS、MR、スポーツトレーナー、そして患者など、非常に多くのステークホルダーがかかわることになる。

さらに病気になれば、がんや生活習慣病(糖尿病、高血圧、脂質異常症など)、その他難病といった疾患によって、関係するステークホルダーやそこで行われるサービス(治療なども含む)が大きく異なってくることから、その複雑性はさらに増す。

そして日本においては、国民皆保険制度やフリーアクセス制度などの日本ならではの医療制度がベースとなっていることから、情報流そして商流もとても複雑であるが、サービスを考える上でとても重要である。

またヘルスケア領域は、医師法や薬剤師法、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)、療養担当規則(保険医療機関及び保険医療担当規則)といった健康保険法により定められた規則など、多岐に渡る上、製薬企業などには製薬協ガイドラインなども存在することが、サービスのデザインを非常に複雑にする。

最後にヘルスケア領域で扱われる情報は機微情報であるため、個人情報保護法を意識する必要などもあり、その機微情報をクラウド環境に保存しようとすると厚生労働省・経済産業省・総務省が出している医療情報ガイドラインに遵守することも必要になってくる。本ガイドラインにおいては、クラウド事業者や利用者などとの契約などの運用面、インフラ環境面、そしてアプリケーション開発面についての対応事項が記載されており、ステークホルダーにサービスを安心して利用してもらうには、遵守することはとても重要なことである。

ヘルスケア×デジタルトランスフォーメーション(DX)の定義

ヘルスケア関連の法的制約や、商流や情報流、さらには予防/病気、病気であれば疾病によって患者視点でみたときのUX(User Experience = Patient Experience)デザインといった、ヘルスケア・デザイン(※)がさらに加わる形がヘルスケアDXのスキームであると考える。

(※)ここで述べている「デザイン」とは、洗練された画面デザインや形状などの「意匠」だけのことを指すのではなく、それを商品/サービスとして設計すること、さらには商品/サービスを広げるための仕組みを含めたビジネスの「系・モデル」設計のことを指しています。

すなわち通常のデジタルトランスフォーメーション(DX)であれば

「ビジネス」×「デジタル」

という掛け算となるが、ヘルスケア領域のデジタルトランスフォーメーション (DX)においては「ヘルスケア・デザイン」がさらに加わるために、

「ビジネス」×「デジタル」×「ヘルスケア・デザイン」

という掛け算になっていると考えられ、その複雑性はさらに増す。特にヘルスケア領域におけるビジネスということで考えた場合、保険医療制度という要素が複雑性を増していると思われる。

カスタマーサクセスによる継続的発展

現在のデジタル・サービスは、これまでのようなシステムを販売して一括で買い上げてもらうサービス提供モデルではなく、サブスクリプションによる継続的なサービス提供モデルへと移行をしている。創出したヘルスケアDXサービスについても、サブスクリプション型サービスになってくることが基本になると考えられる。

サブスクリプション型サービスにおいては、サービスを提供し始めてからが始まりとなる。提供をし始めたヘルスケアDXサービスにおいて、各ステークホルダーがどのように利用をしているのか把握し、継続的に利用できるようにし、各ステークホルダーがしっかりと使えるようにしていく必要がある。特にヘルスケア領域においては高齢の患者が利用するケースや、ITになれない医療・介護スタッフが利用することなどもあり、その場合にはITリテラシーが低いことを考えたアプリ上での案内をする、会員登録までの流れを簡単にするなどのUI上の工夫や運用上のフォロー必要になる。サービス離脱のポイントを把握しながら、サービスの継続的な改善が必要になってくる。

蓄積データの活用について

また、さまざまな記録が蓄積されることから、この記録データを活用することによって、患者に、そして医療従事者、介護事業者などの様々なステークホルダーに対して、より利便性向上を促進し、ステークホルダー全体の成功をするための仕組みが必要になってくる。

データ活用ビジネスにおいては記録データを蓄積し、第三者にデータを販売する、という発想になりがちであるが、ペイシェント・エクスペリエンス(患者体験)の視点に立つとこの記録データは機微情報であり、その記録データは患者のために、そして、その患者を支える医療従事者・介護従事者などの視点に立った、つまりホリスティック・エクスペリエンス(全体論的な体験)の視点に立ったより良いサービス提供のために利用されていくべきと考えらえる。これが最終的には患者QOL(Quality of Life)の向上につながると考えている。

ヘルスケア領域のデジタルトランスフォーメーション(DX)の可能性

ヘルスケア領域におけるDXの可能性としては、以下のような可能性が考えられる。

① 少子高齢化のさらなる進行による人手不足

今後の日本においては、少子高齢化のさらなる進行が予想されている。これは2025年近辺では団塊世代が後期高齢者になることでさらなる高齢化が進み、さらに2040年には15-64歳人口が減り続けることで、働き手が不足するなどの予想がある。このような状況においては、デジタルを活用した業務効率化などが可能性として挙げることができる。オンライン診療やオンライン服薬指導も、患者が治療フローという中に入るとすれば、患者負担軽減という側面から、業務効率化の一つとしても考えられる。

② 高齢化に伴う疾病構造の変化

急速な高齢化は従来多かった感染症などの急性疾患から、糖尿病や高血圧、がんなどの慢性疾患への疾病構造が変化しており、これまでの病院で治療を受けて直す、というスタイルから、自宅においても治療を続けるという考え方、つまり住まいを中心とした地域包括ケアシステムの考え方に変わってきている。このような従来型の「病院完結型医療」から、病気と共存する「地域完結型医療」では医療従事者も病院のように一か所に集まっている訳ではない。よって、自宅にいる患者とロケーションがバラバラである医療従事者をつなげたオンライン・コミュニケーションが新たな世界になると考えられる。

③ 予防へ

従来は病気になってからの治療というスタイルであったが、後期高齢者の人口が増え、またその医療費が多くなると、その後期高齢者負担金が保険者である健康保険組合等にのしかかってくる。その後期高齢者負担金が、予防活動によって減るというインセンティブが働き、今後は保険者における予防ニーズも増えてくるのではないかと思われる。